2006年度1学期後期「実践的知識・共有知・相互知識」へ 入江幸男
第9回講義 (June 13. 2006)
§5 共有知・相互知識についての従来の説(続き)
3、Schifferの「相互知識」概念とそれへの批判
シファーは、まず「相互知識*」を次のように定義する。(7)
「K*SAp」=df.「SとAが、pを相互に知っている*」
とすると、次のように言うことが出来る。
K*SAp iff
KSp [Sがpを知っている]
KAp
KSKAp
KAKSp
KSKAKSp
KAKSKAp
KSKAKSKAp
KAKSKAKSp
・
・
S.R. Schiffer, Meaning, Clarendon Press,
■シファーへの批判■
参考文献
*H.H.Clark, and C.R.Marshall, Definite
reference and mutual knowledge, in .K. Joshi, I.Sag and B.Webber (eds), Elements of Discourse Understanding,
Cambridge U.P., 1981,
*H.H.Clark and T.B.Carlson, Speech Acts and
Hearers'Beliefs, in N.V.Smith (ed) Mutual
Knowledge, Academic Press, 1982, pp.4-9.
*D.Sperber and D.Wilson, Mutual Knowledge
and Relevance in Theories of Comprehension, in N.V.Smith (ed), Mutual Knowledge, Academic Press, 1982,
pp.62-70,
*D.Sperber and D. Wilson, Relevance, Basil Blackwell, 1986,
pp.15-20,38-46, *R.W.Gibbs,Jr., Mutual Knowledge and The
Psychology of Conversational
Inference, in Journal of Pragmatics 11, 1987,
pp.561-588.
4、Sperber & Wilsonの「相互に明白」概念とそれの検討
(参考文献:D.Sperber and D. Wilson, Relevance, Basil Blackwell, 1986)
このような難点を解決するために、スペルベル&ウィルソンは『関連性理論』において、「相互知識」にかえて、「相互顕在性」という用語を用いて説明した。
まず、彼らは「顕在的」を次のように定義する。
「ある事実がある時点で一個人にとって顕在的であるのは、その時点でその人がそれを心的に表示し、真、または蓋然的真としてその表示を受け容れることが出来る場合、そしてその場合のみである。」
そして、「認知環境」を次のように定義する。
「一個人の認知環境は当人にとって顕在的である事実の集合体である。」
次に、彼は、顕在的なものの概念を、事実から想定にまで拡張する。つまり「顕在的」の定義は次のようになるだろう。
ある想定がある時点で一個人にとって顕在的である=その時点でその人がそれを心的に表示し、真、または蓋然的真としてその表示を受け容れることが出来る。
事実が顕在的であるとは、事実の想定が顕在的であることだと考えることができる。また、知識とせずに、想定としているので、その想定は客観的に真でないものもそこに含まれることになる。これは、会話において、当事者たちが間違った想定を共有しているケースを、考慮するために必要なことである。また確認された知識(事実)でなく、予期を含めるために、必要なことである。
彼らは、「相互に顕在的」を次のように定義する。
「誰がそれを共有するかということが顕在的である共有された認知環境はすべて相互認知環境と呼ぶことになる。相互認知環境では、顕在的な想定すべてに関して、この環境を共有する人間にそれが顕在的であるという事実事態が顕在的である。言い換えれば、相互認知環境では顕在的な想定はすべて我々が相互に顕在的であると呼ぶものである」49
Any shared cognitive environment, in which
it is manifest which people share it is what we will call a mutual cognitive
environment.
ここでの定義は次のようになる。
「相互認知環境」=「誰がそれを共有するかということが顕在的である共有された認知環境」49
=「顕在的な想定すべてに関して、その環境を共有する人間にそれが顕在的であるという事実自体が顕在的であるような認知環境」49
「相互に顕在的な想定」=「相互認知環境の顕在的な想定」49
(「相互認知環境」の二つの定義が、本当に同一の事柄になるのかどうか、これについては注意深い分析が必要だとおもわれるが、ここでは注記するにとどめる)